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2010年7月

2010年7月30日 (金)

蓮と観音様と…

  ちょっと遅いですが、蓮とお釈迦様ではなく、観音様を…。
3週間も前の大船観音と大船植物園での画像ですが。
お蔵入りにするつもりでしたが、思い切ってアップしました。

白衣の観音像 (大船観音寺)

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観音様の右後から 大きな背中です

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観音さまの胎内に入れます 本体の20分の1の原型像

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大船植物園の蓮 (神奈川県立フラワーセンター大船植物園)

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睡蓮

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大船植物園にて

「はい、チィーズ!」と言っても子供はジッとしていません。やっと撮れました、このお母さん。

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「写真、撮るのォ~?」「お願いします」「じゃあ~、帽子被ろうかぁ~」
本当は綺麗な白髪の後姿を撮りたかったんですが…。

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「写真?どーぞぉ」「カシャッ!有り難うございました」「キミィー、これでオレを撮ってくれよ」
大きな一眼レフデジカメを渡されました。手にずっしりと重みが…。そして心地よいシャッター音!
左から右から、はたまた後から7,8枚撮りました。
「有り難うね!」「いいえ、こちらこそ。一眼レフデジカメいいなぁ~。」

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2010年7月26日 (月)

再オープンの深川江戸資料館

7月24日、一年ぶりに深川江戸資料館が再開しました。
江戸時代末(天保年間、1840年ごろ)の深川佐賀町の町並みが実物大で再現されてます。
一日の移り変わりを音と光で演出していて、当時の深川にタイムスリップした感になり、楽しい時間を過ごしました。

資料館のある通り

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資料館の隣りは時代小説でよく出てくる霊巌寺。楽翁・松平定信の菩提所。

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資料館玄関

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資料館入口で 子供にはわたあめの無料サービス!
この無料わたあめ、催事の時は必ず出てます。

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入ってすぐ、導入展示室
深川ゆかりの人物を紹介しています。松平定信、鶴屋南北等々。

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常設展示室・・・両国の「江戸東京博物館」と比べると、ずっとこじんまりしているが、照明で一日の移り変わりを再現してくれ、朝、ニワトリの“コケコッコー”の声やら猫の鳴き声に蝉の声、雷鳴があったり臨場感があります。
(一階から見る)米屋の大きな蔵が目に入る。向うに火の見櫓が…。

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階段を降り、順に回っていきます。八百屋「八百新」

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春米屋(つきこめや)「上総屋」唐白という機械で精米するというが
右側にある足踏み式のがそうなのでしょう。

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米屋で ムシロのハンモック(?)にニワトリが…。

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途中からボランティアガイドさんの説明に耳を傾けました。

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掘割には猪牙舟(ちょきぶね)が舫ってます。

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船宿 向うが「相模屋」こちらが升田屋」。猪牙舟で人や荷物を運ぶ。
船宿では飲食もでき、小料理屋のようなところとか。

船宿は時代小説によく出るが、男女の密会の場所に使われたり、ここから猪牙舟で吉原に遊びに行ったりと何かと隠微な匂いが…。

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「相模屋」の中 台所と食器棚

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一階は一間。客は二階に案内されるのでしょう。
二階は上がれません。残念ながら…。

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隣りの「升田屋」

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座敷に上がって、こんなもの見つけました。
紙で作ったピンポンのラケットのよう…何これ??
茶葉を載せ、遠火であぶり香りを出す「紙ほうろく」だそうです。
こうやって座敷に上がり、手にとってもOKなのがここのいいところ。

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船宿の隣りは「火除け地」になっている。水茶屋や二八蕎麦の屋台や天麩羅屋の床店(とこみせ)がある。

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火の見櫓 何処からか“ゴ~ン”と鐘の音が。ここからでは勿論ない。

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水茶屋と長屋の間の狭い路地。子供の頃、ウチでも物干しはこんなでした。水茶屋はなかったけど…。
長屋の住人は木場の木挽(こびき)職人、大吉とか。妻と二人暮らしだそうです。

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あさり・しじみのむきみを天秤棒で担いで売る棒手振(ぼてふり)政助の部屋。板の間で4畳半!独り者のようで質素です。商売に精出して、嫁さんもらわにゃ~ねっ!

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こちらは三味線のお師匠さんの於し津(おしづ)さんの住まい。
6畳ですが、さすがに綺麗にしてます。

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頭の上で「ニャーゴ」と。見れば屋根裏の猫。頭が動きリアルです。

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深川とは切っても切れない芭蕉師の句碑もありました。
「古池やかわず飛びこむ水の音」
割烹「はせ甚」久保田氏寄託とか。

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出口側の階段を上り、一階へ。その途中から。

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一階の売店で文久二年(1862年)本所深川絵図のハンカチ(500円)と2枚一組(100円)の本所深川割絵図を買って資料館を出た。
これがあれば少しは時代小説が楽しくなるのでは…。
でもちょっと範囲が狭いよねー。古地図は高いし…。

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資料館を出、近くで「深川めし」を食べ(これ、アサリとネギが入っているだけで1050円、ちょっと高いよね~)店を出ると、資料館のほうから懐かしいチンドンやのような音楽が聞こえてきた。資料館の入口前でなにやら演奏会がはじまっていた。見物客からリクエスト曲をきき、演奏しているが、出来ないのが結構多い。知っている曲がリクエストされるとホッとしてました。(こちらも…)

最初はチンドンやかと思いました。

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この人がリーダーのよう。出来ない(知らない)曲があると「みんな練習しような」と…。

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後から見る。こんな感じです!

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リクエストはないですか?若いひとはテレビアニメの曲が多かった。

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演奏が終わってファンと交流?

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「記念写真を一枚っ」っと言ったら、全員でポーズをつくってくれました。
有り難う、ぱふぱふ堂さん!

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「ぱふぱふ堂」さんの演奏を聴き終え、南に向かって歩き、仙台掘川を渡り富岡八幡宮へ。
暑い暑い !
富岡八幡宮の境内の木陰のベンチでゆっくりして。
歩き回るのは止めです、こんな日は。

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2010年7月 3日 (土)

マボロシのまんだら堂

 「鎌倉の紫陽花?まんだら堂の紫陽花は凄いよ。随分前のことだから、今はどうなっているかわからないが…。」近所に住む鎌倉生まれの人にそう聞きました。
「まんだら堂…?聞いたことないなぁ~、何処なんだろう…?」
地図をみてもわからない。インターネットで調べてわかりました。
鎌倉というより逗子市でした。

~第二次大戦後、まんだら堂跡には法華経の行者、故小山白哲老師が妙行寺を建て、あたりを畑にするため弟子の青年と二人で掘り起こすと無数の五輪搭や宝篋印搭が出土したため、すこしづつ復元をした。小山白哲老師は世界平和を祈るかたわら、庭に花を育て、鎌倉有数の花菖蒲やあじさいの見所にまでなった。しかし老師の死後、寺は荒れるにまかせ、まんだら堂自体も閉鎖されて現在にいたっている。  (インターネットによる)

どうやら現在、妙行寺は廃寺でまんだら堂跡は閉鎖されているらしい。
鎌倉ハイキングがてら一応行ってみることにしました。
街中を歩いてるときは蒸し暑くて熱中症になるかと思ったが、山道に入ると緑生い茂る木々が日陰を、そして涼しい風と野鳥の鳴き声に生き返ったおもいでした。

鎌倉駅を出て、若宮大路を突っ切り、郵便局の横の道を入り本覚寺へ。
駅への近道なのか、みなお寺を通り抜けしてる。お辞儀をする人、しない人、マチマチでした。

本覚寺 こちらは裏門です

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境内に置かれた蓮鉢の蓮の花

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反対側の山門(仁王門) こちらが正面のよう。潜ると右手に夷堂がある。夷堂(えびすどう)は日蓮上人が佐渡流罪を解かれてここに身を寄せたところ。
写真、撮り忘れました。

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本覚寺を出て、滑川に架かる夷堂橋を渡るとすぐ妙本寺に。
後に山を控え、涼しそうな参道の階段を登る。
妙本寺総門

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ここも日蓮宗のお寺でした。日蓮上人の立派な像。

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境内に咲いているノウゼンカズラの花。熱心に一眼カメラで花の写真を撮っていたご婦人に聞きわかりました。今年は開花が遅いとか。そしてこの花こそこのお寺のメインだとか。「そうなんですか…」

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妙本寺を出、ぼたもち寺、八雲神社を駆け足で見て上行寺 へ。

ぼたもち寺(常栄寺・日蓮宗) 
常栄寺は、印東次郎左衛門の妻で、「桟敷の尼」と呼ばれた妙常日栄の名前に由来している。
1271年の日蓮上人の龍の口法難の折、桟敷の尼が日蓮にゴマのぼたもちを捧げたという故事があり、「ぼたもち寺」として親しまれている。
以後、700年余り経ったいまでも毎年9月には、御法難会に際し、片瀬龍口寺の祖師像にゴマの餅を供えるのを習わしとしている。

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「ぼたもち寺」のすぐ近くにある「八雲神社」

鎌倉で最も古いと伝えられる、厄除開運の神社。疫病が流行した際、源義家の弟・新羅三郎義光が京都の祇園社から祭神を勧請し、祈願したところ、疫病は退散し、住民は難を逃れたといわれている。古くは祇園天王社・祇園社と称したが、明治維新に八雲神社に改称された。

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別願寺をやり過ごし、上行寺へ。道路を歩くのは暑い、暑い。熱中症で倒れるかと思ったほど。

上行寺(日蓮宗)
日蓮上人の孫弟子にあたる日範上人が1313年に開山した寺院。

山門 この裏側に左甚五郎作の龍の彫刻がある。

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すべての病(特に癌)ご利益があるとされる瘡守稲荷(かさもりいなり)と、身がわり鬼子母神が祀られている。

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龍の彫刻がある。左甚五郎の作。

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安国論寺は割愛し、鎌倉葉山線を葉山方面へ向かう。横須賀線の踏切を渡ると長勝寺がある。ここも日蓮宗のお寺。
長勝寺山門 安国論寺とならび、日蓮上人が松葉が谷に来て初めて草庵をむすんだ寺といわれる。
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境内にある高村光雲作の日蓮銅像。後ろに控える四天王。

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紫陽花がお出迎えの本師堂

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長勝寺を出て、再び道路を葉山方面へ歩く。すぐ左に折れ、再び横須賀線の踏み切りを渡ると、名越切通への道標がある。線路に平行に上っていくと…。
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坂の途中から後を振り返ると、長勝寺の本堂の大きな屋根。

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ここからは山道です。ちょっと薄暗く、道はじめじめしている。ハイキング用の靴を履いてきて正解でした。

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名越切通のよう。行き過ぎたようです。

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引き返すと、道の途中に鉄パイプとフェンスで、まんだら堂跡への道は閉鎖されていました。
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ギョッ…!なんと、蜘蛛がしっかり入口を守っていました。「入っちゃいけんよ…」「ヘイっ…」

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まんだら堂跡への道。フェンスの横から撮りました。

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まんだら堂跡は閉鎖中を確認し(?)、あきらめ、山歩きをしつつ報国寺へ出ることに。
途中、ゆりの花を見つけました。しばし休憩して写真撮りました。

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山道ではリスのくぐもった鳴き声があっちにもこっちにも。鎌倉の山は非常にタイワンリスが多い。
道を上り詰めると片側が開けてて、鎌倉、逗子の海が見えるところに出ました。中央にある小さな、かすかに見えるのが江ノ島のようです。
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左にパンして…。こちらは逗子の町と逗子湾でしょう。

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歩きながらサンドウィッチを食べ、山道を進む。すると、片側が住宅街に開発され、ハイキングコースはその周りをなぞるように走っている。いやはや…。
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再び山道になり(巡礼古道)、途中左に下りていく細い道を下っていきます。標識がないのでわかりにくい。手前の広い芝生の公園にいたおじいさんに聞いてよかった。
道なりに進む。綺麗な紫陽花に会えました。

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舗装された道に出、しばらく行くと右側に旧華頂宮邸の立派な庭が、道路からも見える。

華頂宮(かちょうのみや)家はどんな宮家?
伏見宮家の分家のようです。初代博經親王は伏見宮邦家親王の第12王子で、嘉永5年(1852年)知恩院門跡となり明治元年(1868年)勅命により復飾して、知恩院の山号「華頂山」から華頂宮の称を賜ったとのこと。華頂侯爵は数年しか住んでいなかったとか。所有者がしばしば変わり、現在は鎌倉市が買い取っている。

門を入ってすぐ。建物の中は非公開です。

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庭は広く明るい。サッカーができそう・・・。

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庭にいた野鳥。セキレイだと思うが。白くないのでわかりません。

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旧華頂宮邸を出て、更に行くと報国寺です。竹のお寺で有名ですが、初めて入りました。

報国寺は1334年創建の臨済宗建長寺派の寺。天岸慧広(てんがんえこう)が開山、開基は足利尊氏の祖父である足利家時。上杉重兼が開基という説もある。かつては足利、上杉両氏の菩提寺として栄えたと伝わる。
報国寺山門

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竹の庭
石だたみが敷き詰められた道に心地よい風とウグイスの鳴き声が。別世界だ!

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苔むした石灯籠。落ち着いた雰囲気がいい。

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やぐら 足利一族が眠っているのでしょうか。 

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本堂の裏庭。

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真っ白い葉の植物!カメラを向けているご婦人に聞きました。
「ハンゲショウです。今日(7月2日)が半夏生の日です。」
「えっ、ハンゲショウの日・・・??」
で、調べてみました。
 夏至から11日にあたる半夏生のころ花を開き、葉が白くなるからいう。 また葉の表面が白いので片白草とも呼び、半化粧と書く場合もある。

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報国寺を出て、帰る事に…。しかし蒸し暑かった一日でした。
鎌倉駅まで歩くのはやめ、バスに乗りました。
鎌倉でバスに乗るのは初めてでした。
まんだら堂跡は一年に一度公開日があったようです。
現在はどうなのか?
その時まで、お預けです。

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